Darin Satoshi Maki

牧 ダレン 聡

ダレンは日本人の父と日系アメリカ人の母のもと、1979年8月28日、カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれる。8歳の時初めてバスケットボールに触れ、彼は母親にこう言った、「僕は、LA LAKERSのプロバスケットボール選手になる」と。レイカーズ入団まではいかなかったが、プロのスポーツ選手になるという夢は成し遂げた。

幼い頃から運動神経はよく、野球、アメリカン・フットボール、サッカー、柔道、バスケットボールなど数々のスポーツで才能を見せてきた。両親から受け継いだ才能と家族の支えに対して彼は、「心から感謝している」と言う。家族はスポーツ一家で、彼がどのスポーツを好むか色々挑戦させた。自分よりも年上で身体が大きいプレイヤーたちとプレイしていく中、彼の競争心は生き残るすべとして現れ始めた。初めのコーチが彼をほとんどプレイすることがなかったため、彼は幼い頃から最後まで成し遂げる精神を自然身につけていたのだ。

10 代の頃、柔道でカリフォルニア州とネバダ州でチャンピオンになり、アメリカ・ナショナル・トーナメントで銅メダルを獲得しスポットライトを浴びた。柔道の才能は凄まじいものだったが、それに心はついていかなかった。「トーナメントではいつも優勝してたから練習なんかしなくてもいいと思ってた。自分の可能性を分かっていなかったんだな。しかも、当時友達はみんなバスケをしていて、その時間を犠牲にはできなかったんだ」。ダレンは高校生の時柔道をやめ、真剣にバスケットボールに取り組むようになった。

ダレンはバスケットボールを続け、小さな身体からアンダードッグのままでいた。優れてはいたが、困難は彼のあとを付きまとった。高校生選手を日本に送るトライアウトが毎年日系団体によって開かれていた。ダレンはいつもこのような選手たちと対戦していたため自分にはチャンスがあると考えた。チームに入団したい気持ちは誰よりも強かったが不運にも失格。後味が悪い感覚だけが残った。「俺はチームに入ってもおかしくなかった。政治的なしがらみがあったんだと考えた。それ以降、俺は、俺を見くびるやつらを見返そうと思った。そして、チームにとってその旅は将来のハイライトとなるが、俺はいつか仕事としてそこでプレイするんだと心の中で思ったんだ。」

ダレンは数々のチャンピオンシップを獲得し、 MVPの賞もいくつか受賞しながら見事な高校生生活を送った。卒業後、彼は二年間イースト・ロサンゼルス・カレッジ(ELAC)で充実したバスケットボール生活を送った。四年制の大学からたくさんオファーを受ける中、驚くべきオファーを一つ受けた。「その年、日本ジュニア・ナショナル・チームがロサンゼルスに来日し、二度対戦することができたんだ。二回とも優勝し、俺はいい成績を残した。試合が終わると、日本のスカウトの人たちが俺のところに来て日本のリーグでプレイしないかと誘われたんだ。」とダレンは振り返って言った。家族とたくさん話し合いをした末、彼は学校をまず終わらすことを決めた。当時まだ19歳であり、学歴は大切だと感じ、 NCAA II カリフォルニア・ドミンゲスヒルズ大学( CSUDH)でバスケットボールをしながら勉強することにしたのだ。

彼は次の段階に進むべく、CSUDHで過ごした二年間努力を惜しまなかった。社会学文学士号を取得した後夢を叶える瞬間が訪れた。彼は待望の期待を胸に日本に来日するが、国籍の問題が浮上した。このように、大きなチャンスが訪れるたび、壁にぶち当たることが多かった。「俺は日本人だ、日本でプレイするのは簡単だ!そう思ってたんだ。でも俺の国籍は日本ではなかった。そこが大きな問題だったんだ。日本という国は、国籍に関していうと厳しい国なんだと俺は後聞いた。本当にがっかりだった」。それでも彼は前向きでいた。

その間、中国、ベトナム、カンボジア、香港、など海外でプレイをしたが、日本のことを忘れることはなかった。色々調べた末、父親が日本人であるためわりとすぐ日本国籍を取る事ができるのだと彼は知るのだ。そして 2004年、彼は荷物をまとめ、二度と振り返ることはなく日本へ旅立った。彼は日本国籍を取得し、 BJリーグドラフト会議に参加し、ドラフト 6位で東京アパッチに入団した。「その日は、人生最も最高な一日だった。夢が叶った瞬間ではあったが、これからが勝負だと感じた。」

オフシーズンはロサンゼルスと東京でトレーニングしながら二つのコミュニティーで活動するダレン。「夢をつかんだあと、問題は次自分が何をどのようにしてその場所に居続けるかなんだ。」成功に対する気持ちは以前よりも強いものになり、初心の気持ちも彼は忘れることはない。「謙虚でいること、そしてハングリー精神を持つことは忘れてはいけない。いつどこで自分の座を取られるかは分からないからね。俺を支えてくれた人、そして疑った人たちにありがとうと言いたい。今の自分があるのはみんながいたからだ。」

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